大判例

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東京高等裁判所 平成6年(う)1056号 判決

1 原判決は,あへんの密輸入と所持の罪は肯定したものの,被告人両名に営利の目的があったとは認められないとし,その理由として,(1) 被告人両名は,平成5年5月ころ,来日中のJに対し,あへんの取引から手を引きたいと申し入れたが承諾が得られず,逆にJらからナイフで切り付けられ,被告人Mは左手親指に腱切断などの傷害,被告人Kも頭部に傷害をそれぞれ負わされたため,Jらを恐れてその後同様の申入れをすることができなかったこと,(2) 被告人両名は,Jとの関係を断ち切るため,電話番号の変更や住居の移転について部屋の貸主に相談し,また,被告人Mは,インドのJから同年6月7日にあへんが送られてきた際,Jに電話で「自分たちから手を引け。もう受け取らない。」と申し入れるなどあへんの取引を断るための行動に出ていたこと,(3) 被告人両名は,同月7日,13日,14日の3回にわたってインドから届いた合計約1097グラムのあへんについて,Jの仲間の者から電話により強い引渡要求を受けたのに,これに応ぜず,これを100グラムの塊合計11個に小分けしてコインロッカーに入れており,この行動は,Jやその仲間から責任を追及されず,かつ,被告人らが犯行に関与していることが発覚しない形で警察に知らせることを考えつつも,最終的な処分方法を決定できなかった証左と思われることなどの特殊事情があると指摘し,原判示第3のあへん(所持)についてはもとより,税関で発見された原判示第1及び第2のあへん(密輸入)も,右のような状況の中でインドから送られてきたものである以上,被告人両名には,他に販売して自ら利益を得たり,Jらに利益を得させようとする動機,目的がなかったとみるのが相当であると判示した。

2 (原判決指摘(1)について)

被告人Mは,原審第3回公判において,自分は,被告人Kと共に,同年5月7日か8日ころ,Jらと会い,今後はあへんの取引から手を引きたいと申し入れたところ,聞き入れられず,かえってJからナイフで切り付けられ,左手親指の腱を切られ,被告人Kも頭部を切られて顔中血まみれになったと供述し,同第7回公判では,ナイフで切られた夜病院に行き,その翌日,知り合いの医師Suの治療を受けたと供述し,同第9回公判でも,Jにナイフで切られ,非常に怖かったため,その後はあへんを送らないで欲しいと言えなかったと供述している。また,被告人Kも,原審第5回公判で,被告人Mが,Jに対し,同人らのしていることを警察に話すつもりだと言ったところ,喧嘩になり,被告人MはJにナイフで手を切られ,自分は相手に拳骨で殴られ頭を割られたので,翌日埼玉県内の医者に行って治療してもらったと供述している。

そして,関係証拠によれば,被告人Mは,同人の言う5月7,8日ころではないが,同月11日午後10時37分ころ,S区内のK総合病院を訪れ,Sg医師により,左第1指挫裂創,伸筋腱切断の診断を受け,傷口を生理食塩水で洗浄し,傷口を縫合するなどの処置をしてもらい,翌12日,M市内のS病院で,Su医師や応援の医師らにより改めて断裂した伸筋を繋ぐなどの手術を受けたことが認められる。

しかしながら,この点につき,Sg医師は,当審公判廷において,外来診療録の記録に基づき,被告人Mから右の傷は1時間前に機械を落としてできた旨の申告があったこと,傷口がきれいであれば消毒薬を使用するはずであるのに,100ミリリットルの生理食塩水で傷口を洗浄しているとの記録があるので,傷の状態はきれいなものではなかったと推認されること,鋭利な刃物でできた新しい傷を挫裂創と診断することはないことを供述している。被告人Mらと従前から親交のあったSu医師も,原審及び当審公判廷において,当時右の傷を挫創と診断しており,これが鋭利な刃物による傷とみていなかったことを供述している。これらの各供述に照らすと,被告人Mの左手親指の傷の客観的状態からは,被告人両名が述べるようなナイフによるものであったと認めることはできない。

しかも,被告人Mは,捜査段階において,自分はJに対し,「もうあぶないからやめたい。」と話したが承諾してもらえなかった旨の供述をしているのに,Jにナイフで指を切られたとは供述しておらず,また,原審段階でも,情状証人として出頭したSu医師が左手親指に挫創を負った被告人Mの治療をしたことがある旨証言した後になって初めて前記のような供述をするに至ったのである。また,被告人Kも,捜査段階においては,Jが同年4月から5月にかけて1か月間ほどAハイツで寝泊まりした際,3人のイラン人を連れてきて,今後密輸されるあへんをその者たちに売るようにと言うのを聞いて不安になり,あへんの仕事から手を引きたい旨申し出たが承諾を得られなかったとか,そのような者たちと取引するといつかは警察に捕まると思い,Jに「危ないではないか。」と文句を言ったとか供述しているのに,被告人両名がJらから暴行を受けて傷害を負ったことは供述していない。被告人両名にとって,Jから傷を負わされたことは,自分たちが同年5月ころになってJとの関係を絶とうとする気持ちになったことを他に納得させる最も重要な出来事であり,捜査段階でも最初に主張するはずであるのに,被告人両名とも,原審第3回公判におけるSu証言の後になってこれを初めて主張したというのは,いかにも不自然であり,信用することができない。

また,被告人Kは,被告人Mと共に,Jから暴行を受けて頭を割られるほどの傷を負ったというのに,被告人Mと一緒にSg医師や親しい関係にあったSu医師の治療を受けていないのも,不自然である。

3 (原判決指摘(2)について)

確かに,被告人Mは,Aハイツの借り主で同ハイツの管理もしていたTに対し,自分たちの部屋に設置されていた電話番号を変更して欲しいとか,アパートを変えたいなどと申し入れていたことが認められるが,証人Tの原審公判廷における供述によると,同人が被告人Mから電話番号の変更につき申し出を受けたのは,平成5年の3月か4月ころであり,そのころ,自分がN社M支店に出向いて電話番号の変更について聞き,電話を買換えなければ番号の変更は認められないとのことであったため,その旨を被告人Mに説明すると,以後被告人Mからは右のような申し出はなく,住居の変更についても,それほど強い希望でもなかったというのである。そうすると,被告人MらがJに傷つけられたため,恐ろしさからその仲間を離脱する目的で住居や電話番号を変えようとしていたとは認められない。

また,被告人両名は,原審公判廷において,6月7日にあへんが届いた際,被告人MがJに対してあへんを自分たちに送らないようにと電話をした旨供述しているが,その一方で,被告人Kは,自分はその場に居なかったとか,Mが電話してどのような結果になったのかについては聞いていないなどと曖昧な供述をし,また,被告人Mも,その電話の相手がJに間違いないかと質問されると,「Jだったと思うが,その電話をかけたのが駅の中で非常に混雑しているところでかけたのではっきりとは分からない。」などと曖昧な供述をしている。しかも,被告人MがJに対し,本当にあへんを送るななどという電話をかけたのであれば,被告人両名としては,捜査段階からそのことを捜査官に述べるのが自然であるのに,何も供述していない。これは甚だ不自然であって,被告人両名の原審公判廷における供述はそのまま信用することができない。

4 (原判決指摘(3)について)

被告人Mは,捜査段階において,6月7日,13日,14日の3回にわたり原判示第3のあへんが送られ,これらを受け取らないと自分たちがあへんの取引に関わっていることが発覚するので受け取ったものの,これをJの仲間に売りたくなかったので仲間から再三引き渡すように言われてもこれを断っており,かといってJの仲間が日本にいるので怖くて捨てることもできず,自分たちの部屋に置いていては警察に発見されて捕まるおそれがあるのでコインロッカーに入れることにし,その管理人に見つからないように順次別のロッカーに移し変えていた旨供述をしていたが,原審公判段階になると,自分たちの手で警察にこのあへんを渡すこともできないので,最終的には警察から5メートルと離れていないコインロッカーに入れ,警察に電話をしようとした旨を供述し,警察へ知らせるつもりであったことを強調している。他方,被告人Kも,捜査段階においては,Jたちに対してはまだあへんが届いていないことにしようと考えたが,部屋に保管しておくとJの仲間や警察に見つかってしまうおそれがあるため,被告人Mと話し合ってコインロッカーに保管することにし,最初にMo駅のコインロッカーに入れたとき,誰かに見られたかも知れない心配があったことから,Mj駅の交番近くのコインロッカーに隠した旨を供述していながら,原審公判廷においては,被告人Mと同様,警察へ知らせることを念頭においてコインロッカーへ入れた旨供述を変えている。

このように,あへんをコインロッカーに隠した理由についての被告人両名の供述は,捜査段階と原審公判段階とでは大きく食い違っており,被告人両名とも,その点について合理的な説明をしていない。また,Jの仲間からあへんの引渡しにつき,何時,どのような方法で要求されたのかについても,捜査段階以降具体的な供述をしていない。

さらに,関係証拠によれば,被告人両名は,原判示第1,第2のあへんについて,Jから送ったとの連絡を受けており,その到着が遅いと2人で話し合っている。しかも,被告人Mは,大麻取締法違反により大崎警察署に勾留中,同房中のSに対し,自分の親戚のFに連絡してこのあへんを処分させてくれと依頼し,Fのポケットベルの番号とコインロッカーの鍵がAハイツの自転車置場の屋根の下の鉄骨の上に隠匿してあることを教えており,当審における事実取調べの結果によれば,Fなる人物は,当時M市内の水道工事会社で働いていたイラン人男性で,被告人MがSに教えた番号のポケットベルを所持していたことが認められるのである。

以上によれば,被告人両名があへんの存在を警察に知らせようと考えていたとの前記供述は信用することができず,本件あへんをコインロッカーに隠したのは,捜査当局によってこれが発見されることを極力免れるためにした行動であるとみるのが相当である。

5 結局,原判決が営利目的を否定したのは,信用性の乏しい被告人らの原審公判段階の供述を一方的に信用した結果であって,首肯し難い。そして,原審が取り調べた関係証拠に当審における事実取調べの結果を総合すると,被告人両名は,予てから多数回にわたりあへんの密輸入や密売を行い,警察の発覚を恐れる気持ちが高まっていた折柄,5月に来日してAハイツに泊まったJが新たなあへんの売人3名をAハイツに連れてきたことなどから,Jにその気持ちを伝え,あへんの取引から手を引きたいと申し入れたものの,Jに説得されて,引き続き従前からの営利目的によるあへんの密輸入を継続することを承諾し,その一環として原判示第1,第2のあへんの密輸入及び同第3のあへんの不法所持の犯行に及んだものと認めるのが相当であり,原判決が指摘する諸点のうち,証拠上認められる被告人両名の行動は,警察に犯行が発覚することを恐れるあまり採ったものと認めるのが最も合理的である。原判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があり,原判決は破棄を免れない。

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